第4章 玉がそろわない

SP音盤コレクターへの道
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こつこつためるしかない現状

SP盤を販売しておられる古物商の方と、親しくなって、聞いたことがあります。
いくら目的をもって買い集めようとしても、集まらないことが多いという現実。
例えば今から70年以上も前にクラシックで特定の作曲者のレコードを集めようとしていた人なんて、そうそういないのではないか、あるいは家族の娯楽のために購入するので、幅広いジャンルで購入しているのが多く、一つの土蔵から数百枚単位で同一分野のレコード盤が出てくるなんて、あんまりないということ。(お金持ちで、家長が義太夫大好きなんて時はたまにあるらしい)それでもレコードそのものの大量発見など今は昔の話で、今どきは時によっては業者市で買ったレコードが、次の市に出てくるなんてこともあるようで、市場全体に投入される新規SP盤自体が少なくなってきている状況にもあるようです。
すでに戦後75年以上を経て、戦中の空襲や、二度にわたる大地震、いくつもの風水害で、昔のレコード盤は課なら意減少してしまったのではないかとも思います。

ちなみにLP盤やEP盤は多少のことでは割れませんが、経年変化したSP盤は振動に弱いのです。
例えば縦に並べて保存しようと、棚に立てかけただけで縁が欠けることもあります。
うっすらとひびの入っているレコードなどは、片手で持とうとすると割れてしまうこともありますし、洗っている際に少し力を加えるだけで真っ二つなんてこともあります。
それと、これも当然のことなのですが、当時のヒット曲には、出会う確率も高いけれど、それ以外の盤はすくないということがあります。
例えば、ニッポノフォン発売の「石童丸」などは、私が持っているだけでも数十枚あります。乃木将軍の浪曲も、何枚もあります。民謡俚謡に至っては、それこそ、数えきれません。
昔の娯楽傾向が当然レコード盤の発売枚数にも影響するでしょうから、大流行したものは今でも数多く残っているものです。おそらく現在でもAKBのCDのプレス枚数は、他のアーティストとは比べものにならないほど多いのと同じでしょう。

しかし多くの人が欲しいようなジャズ関係のレコードは、戦前には数も少なく輸入盤の複製盤が国内で制作されてはいましたが、有名な国内ジャズバンドというのもそれほど多くはなく、オリジナルのジャズレコードを発行していません。
そもそも当時ジャズという語彙さほどつかわれていなかったと思いますし、(おそらくフォックストロットと呼ばれていたのだと思います)洋物といえばクラシック中心の時代に、たくさんのジャズメンが日本に存在したとも思えません。(実は私の祖父はその数少ない当時のジャズメンの一人です)

勇者ノリク
勇者ノリク

戦時中の物資供出で、レコード盤は数多く溶かされ、燃やされ、別の形になりました。その中でもジャズなどは退廃的である敵性楽曲と言うことで、目の敵にされ集められました。当時はレコードに関しては1枚10銭とかで買い入れられたと言います。
さらにレコードを隠し持っていることがばれると、罰金を取られたと言います。

また恐らく戦前・戦中の時代背景によるものが影響しているのかもしれませんし(敵性楽曲の演奏禁止)、アメリカの楽曲をコピーして演奏するバンドも少なかったのかもしれません。
もう一つ、今では信じられないことなのですが、戦時中の物資不足の時代には不要なSP盤を集めて、おそらくですが表面に塗布されているシェラックなどを回収し、再生したという事実があります。その際にもアメリカやイギリスなど載れコード盤は回収され、再生に回されたのもあるのだろうなと思っています。これも、国会図書館などで戦前の産業統計などを紐解くと見えてくるのかもしれませんが、私自身レコードを語る上で、そのような産業史的な書き物にしてしまうと、音楽愛好家にとっては面白くもなんともない訳で、自分自身どこまで掘り進めようかと悩んではいるのですが。

戦後になると、戦中に欧米を凌駕したビッグバンドなどが急激に流れ込み、瞬く間に日本国内で普及したようですが、同時に映画音楽なども流入し、その後LP盤やEP盤との世代交代も起こり、数多くが発売された割にはSP盤ジャズが大流行したということは、1950年代に子供であったためか、私自身あまり記憶にありません。
さらに1949年頃から、EP盤が海外で製造され始めたため、日本でも1950年代初頭からはほとんどSP盤は作られなくなりました。

そう考えると太平洋戦争が1945年に終了後SP盤レコードが製造された期間はおよそ10年余です。物資も製造機械なども少ない時代ですから、おそらくですがより愛好家の多い歌謡曲などにシフトしたレコード制作がメインで、ジャズなどは発行枚数が比較的少なかったのではないかと思います。

私が持っているレコードの名鑑でも、いわゆる洋盤の日本プレスタイトルなどはわかるのですが、発行枚数は記載されていません。そのような情報をお持ちの方は、ぜひお教えいただければと思います。

ところが、最近面白いデータを発見しました。
一橋大学出身で、現在は阪南大学で教鞭を執られている大久保いづみ先生という方の、論文をいくつか発見しました。
先生は、経営戦略論や経営史の分野でご活躍中なのですが、その論文中に、戦前のレコード発行枚数などが記述されていました。一連の論文の要約などを拝見すると、実にいろいろな日本のレコード産業史が鮮やかによみがえってきまして、わくわくしながら読み進めました。
近日中に、それらを読み進めていって、以降の文章をとりまとめたいと思っていますので、
お楽しみに。

勇者ノリク
勇者ノリク

先生の論文を読ませて頂いて、あらたな時代小説を書きたくなりました。
大久保先生の論文は、事実を簡潔にまとめ上げられているのですが、そこかしこに、大正昭和にかけて活躍した日本のレコード産業の息吹が感じられて、大変私にとっては貴重な資料となりました。

 

第5章 すべてに精通はできない
SP盤に関するエッセイです。単純にSP盤と言っても、ジャンルというモノがあるため、全てのジャンルには精通できません。当方もこの部分で引っかかりました。まず当時の情報が極めてすくないこと。ですから資料集めをしながらレコードの整理を行っています。 それでも作業は大変です。

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